酷い認知症の人でも一瞬正気に返ることがある
ご家庭からの入院はまれで、大抵は老人施設からの入院です。そういう高齢者専門の施設でも尚扱いが困難になって連れてこられる人たちですから、それはもう強者揃いです。
叫ぶ。噛みつく。ひっかく。蹴る。唾を吐きかける。当たり前。
おむつを外してう〇こを喰う。当たり前。
点滴やカテーテルを引っこ抜く。当たり前。
…そんな強者揃いの中でも一際ぬきんでた強者がいらっしゃいました。
80才過ぎのおばあちゃま。
背もそんなに高くなく、痩せ型です。
なのに力がものすごい! 動きも俊敏!
おむつ交換時には常に5人がかりでした。決して人手が余っているわけではないので、普通はおむつ交換なんて1名対応です。強者さんの場合でもせいぜい2名対応です。一応こちらもプロです。そのプロが5名いないとおむつさえ替えられないということから、そのおばあちゃまの物凄さを想像して頂ければと思います。
元々はきれいな顔立ちだと思うのですが、その目にはもはや理性も知性もありませんでした。濁って狂気を湛えた獣の目をして、彼女はただただグルグル唸ったり、意味不明の怒声を上げるだけで、意思の疎通は取れませんでした。
ある晩、夜勤で私はラウンドをしていました。
安否確認のため彼女の枕元に近寄ったところ、寝ていた彼女がぽかりと目を開けました。
(あー、しまった、起こしてしまった。折角寝てたのに。起きたらまたギャーギャー騒ぐんだろうな)
と私は思いました。
常夜灯と私の持っているライトの灯りだけの薄暗がりの中で、彼女は私の方を見ました。
穏やかな目でした。
「ここはどこですか?」
明瞭な声でした。
「病院ですよ。調子が悪くて入院されたのですよ」
私は答えました。
私は答えました。
「そうですか。お世話を掛けます」
彼女は言い終わると目をつむってまた寝てしまいました。
…それから30分ほどして、彼女が再度目覚めたときには、もうすっかりいつもの強者に戻ってしまっていて、あの上品な老婦人はもう居なくなっていました。
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