ある程度長く生きていると、出来れば忘れたい忌まわしい記憶の一つや二つ誰でもあろうかと思います。
私にもあります。
そのうちの1つが表題です。



大学生時代。
貧しく頭が悪く、しかし若さと好奇心だけはありました。

なんの拍子か、世の中にはホモ専用の雑誌があるということを知りました。
さ/ぶとか薔/薇族とかいうあれですね。
(調べたら今はもう廃刊されているのですね。インターネットが普及した世界では、マイノリティに雑誌という媒体は必要なくなったのでしょうかね。)


「よし。買おう」

なんの根拠も無く、tamakdさん(仮名)20歳・職業大学生・性別女・男性経験無し はそう思いました。
善(?)は急げで、そういうマイノリティな本が置いてありそうな書店に行きました。
つまりデパートに入っているような、大きくて開放的で明るい書店は避け、昔ながらの本屋のステロタイプのような、古めかしい、間口は狭いけど意外と奥行きがあるいわゆるウナギ床の、店内は薄暗く、ウナギ床の一番最奥部に勘定場があって大抵ご年輩の店主が座っている…と言うような書店です。

この「店主がご年輩」というのは大事なポイントです。
一応恥ずかしい本を買うという自覚はありましたので、差し出す相手が若い方では抵抗があります。

…と言うわけで、条件に合致した本屋に行き、無事にお目当ての『さ/ぶ』を探し出し、ドキドキするA70の胸に掻き抱いて勘定場に向かいました。

ここで想定外の事態が起こりました。
その本屋は過去にも1、2度利用したことがありました。
その際勘定場に居たのはお爺ちゃんでした。
だからその本屋を選んだのです。
が。
その日勘定場に居たのはうすら若いお兄さんでした。しかも割りといけめんでした。
動揺するtamakdさん。
しかし後へは引けません。

(本屋で本を買うんや。金を払うんだから客なんや。なんも恥じることはないんや!)
そうおのれに言い聞かせ、その本をお兄さんに差し出したのでした。

お兄さんは、そういう本の常として
「カバーお掛けしますか?」
と聞いてきました。
一刻も早くその場を立ち去りたかったtamakdさんとしては、どちらかというと要らんお世話でした。剥き身でも何でもいいからさっさと会計を済ませ、その場を走り去りたかったです。
でも折角親切で聞いてくれているのだから無視は出来ません。
「は、はい…」
tamakdさんは答えました。

お兄さんがカバーを掛けるべく『さ/ぶ』の表紙に手を掛けました。
その瞬間に、中に折りたたまれていたいわゆるピンナップがビロビロ~~~~ンと本の外に垂れ出ました。

ふんどし姿のがちむちの角刈りのおっさんが絡まっている写真に「あああ、兄貴…!!」「ええか ええのんか」みたいな極太大文字のセリフが踊っていました。




あああ。
穴があったら入りたい。
穴が無くても掘って入りたい。



硬直するtamakdさんの前で、お兄さんは無言でカバーを掛けました。
カバーが掛け終わるまでの時間は、恐ろしく長く感じました。




まあ今となっては、あれも1つの貴重な体験ではありました。
尚、もちろんですが、この記事にはマイノリティを否定したり揶揄したりする意図は全くありません。念のため書き添えます。