『神代幻夢譚』
作者は楓屋ナギ様です。

最近この作者さんに凝ってまして。( ´▽`)
竹藪掘っ建てハウスの片付けが終わったら読もうと思って、ちょっと前に買ってあったものです。
昨夜読みました。満足です。
でも「本読みました」だけの記事もなんだかなあなので、ちょっと気張って感想文を書きます。


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日本神話を題材にしたファンタジー。
でも、舞台をそこにしただけのトンデモ小説ではないです。
古事記や日本書紀の記述とそれに対する現在の学術的な解釈から大きく逸脱しないで、楓屋流の解釈をそこに付け加えたような感じです。

少しネタバレになってしまいますが、八岐大蛇の解釈。
現代の『科学的な』解釈としては、河川の氾濫や土石流などの災害を化け物にたとえたのではないかという説があります。
でも、額面通りに巨大な化け物と解釈した方が、読み物としては面白い。
楓屋は双方のいいとこ取りをした解釈を、本作の中で見せてくれます。


同じ作者の作品を幾つか読んで、舞台が中世ヨーロッパ的などこかとか、インド的などこかとかだったりの作品も面白かったけれど、日本の古代神話を下敷きにした今作が一番この作者に合っている気がしました。
それは何故かを、つぎに考察してみます。

この作者の特徴は『視点が遠い』ことです。
いえ、私が勝手にそう思ってるいるだけなんですけどね。(^^;)

特徴と言うからには、長所でもありますが弱点でもあります。
常に引き気味のカメラから撮られるので、楓屋の作品は、登場人物の後ろや横のものまで、よく見えます。
風にそよぐ木々の葉とか、空を流れる雲とか、空気に含まれる花の香りとか、そういうものが強く感じられるのはその為だと思います。

でも。
カメラが引き気味と言うことは、登場人物の表情やアクションをアップで見せるには不向きです。
終始穏やかな目に優しい映像が流れるけれど、引き換えにドラマティックな見せ場や山場感が乏しい――楓屋の作品の読後感が、良くも悪くもあっさりしているのは、その為だろうと勝手に思っています。


けれど楓屋のこの『視点が遠い』という特徴は、持っている人が少ない、希有な特徴の気がします。
小説より漫画だとよりその傾向が分かりやすいでしょうか、『人物のアップは得意だけど、細やかな背景描写は苦手』という描き手の方が、その逆パターンより圧倒的に多く見受けられる気がします。

なので、欠点として排除するのではなく、長所として生かすべきで、生かすためにはどうしたら良いかというと、素人考えでも『どろっどろの恋愛もの』とか『緊迫感あふれる推理サスペンスもの』とかは合わないだろうな、と。
日本の古代神話という題材を元に、『にほんむかしばなし』的に淡々と紡がれる物語であるこの『神代幻夢譚』は、作者の特徴を長所として生かすのに最適だったんじゃないか、だから今まで読んだ同じ作者の作品群の中で、これが一番作者の個性に合っていると感じたのではないか――そんな風に思いました。

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――以上、BBAが童心にかえって一生懸命読書感想文してみました(^^;)。
なんか偉そうに書いてしまいました。作者様ごめんなさい(^^;)。