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《ミリしら》
1ミリも知らないの略だそうです。
映画やゲームをお題に、それを全く知らない人に、どんな作品か想像で内容を語らせたり絵に描かせたりして、そのハズレっぷりをみんなで笑って楽しむ…まあ一種の遊びですね。


と言うわけで、今日はミリしらの話をしたいと思います。
題して――

誰かミリオン劇場を知らないかい?

――本来のミリしらと違いますけど。
略してミリしらには違いありません。




うん十年前。
幼少時、私は静岡県沼津市の駅北に住んでいました。

今は知りませんが、当時沼津の駅北の一角は、歓楽街でした。

ゴージャスな歓楽街じゃないです。
小さな小汚い店が集まって形成された○○横町だの、○○小路だのの無秩序な集合体です。


さて。
あなたは《夜の街の昼の顔》を知っているでしょうか?
あなたが男性なら、《夜の街の夜の顔》はよく知っているかもしれません。
中には「俺はその街の帝王だ!」という強者もいらっしゃるかもしれません。
でもそういう街の《昼の顔》は、意外と知っている人は少ないんじゃないでしょうか?


夜は、夜の暗さとネオンの燦めきと女の化粧とアルコールで、街には魔法が掛かっています。

でも昼には、その魔法は解けて、街は別の顔をさらします。

過密に立ち並んだ、薄汚い店々。
アルコールと酔っ払いの嘔吐物と立ち小便の混ざった饐えた臭い。
頭にカーラーを付けたまま、土気色の顔で買い出しに行ったり、店の掃除をする女達。


子供が暮らすには不適切な環境なのでは?
と思った方もいらっしゃるかもしれません。
その通りです。
子供だった自分には、そこでの暮らしは到底快適とも幸せとも言えるものではありませんでした。

しかし子供というのは、ある種のたくましさがありまして。
そんな掃きだめのような街でも、遊び場にしてしまいます。

数人の子供達と一緒に――全員母親は昼間は土色の顔で二日酔いで寝込んでいます。父親は分からなかったり居なかったり、何人目か分からないのが居たりして、まあ、要するに、たしなめる親が居ないので子供は自由勝手にそこらで遊べたと言うことです――○○横町でおにごっこをしたり、○○小路でかけっこをしたり、好き放題しました。



そんな街の一画に、飲み屋とはちょっと毛色が違うお店がありました。

《ミリオン劇場》

看板にはそう書かれていました。

夜はそこも、きらびやかなネオンがともされて、華やかで蠱惑的な場所と化したのでしょうか?
しかし、子供の自分は、昼間のその場所しか知りません。
そこはただの安普請で薄汚い、変な建物でした。
昭和のずさんさというか大らかさというか、裏口が開いていて、子供が勝手に入って遊べたりしました。
時折、付近で土色の顔をしたおばさんにすれ違うことがありましたが、子供の目におばさんに見えただけで、実はまだお姉さんだったかもしれません。夜は美しい踊り子に化けたのかもしれません。

土気色の母にあそこは何なのかと聞くと「ストリップ劇場だよ」と教えてくれました。
子供ながらに、それは女の人が裸で踊る場所だというのは理解しました。
理解したけど、別に興味も感慨もありませんでした。あったら困りますけど。



興味が出たのは、大人になってからです。
当然あの場所にもうその劇場はないでしょうし。
そもそもがあの歓楽街自体ないでしょうし。
当時を知る人ももう亡くなっていたり高齢だったりで、詳細を聞ける機会も恐らく無いでしょう。

でももしかして、ストリップ劇場の昼間の裏舞台を見たことがある…と言うのは、結構貴重な経験だったのではないか?
と言うか、ストリップ劇場自体、そうそう数多いものとも思えないし、もしかしてあれは沼津で唯一のストリップ劇場だったりしたのだろうか?

…自分は昼の色あせた姿しか知らないけれど。
夜は魔法でキラキラ輝いて、疲れたお父さん達にひとときの歓びを与えていたりしたのでしょうか?